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曼陀羅の人ー空海求法伝ー / 陳 舜臣 [国内作品]


曼陀羅の人―空海求法伝〈上〉 (集英社文庫)

曼陀羅の人―空海求法伝〈上〉 (集英社文庫)

  • 作者: 陳 舜臣
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1997/12
  • メディア: 文庫



何気なくamazonのリンクを貼ったけれど、実は集英社文庫ではなくて徳間文庫の本を読んだっぽい。というか、いろんな出版社から出ていたのね。全然気がつかなかった。集英社文庫の方が表紙が好き。なのでこのままのリンクにします。

上中下の全3冊。
弘法大師とも呼ばれる空海が唐で学んだ約2年間について書かれています。

空海って遣唐使の一人だったんですね。日本史でセットで出てくる最澄も同じ遣唐使だったとは。乗る船は違っていたけれど。4つの船のうち、2つは遭難してしまったというから、結構命がけのことだったんですね。しかも空海の乗った船も予定より随分南の方に漂着してしまったようで、空海が長安に到着したのは最澄よりも随分後でした。そして、最澄はすでに名のある僧だったのに対し、空海は無名だったようです。

空海は20年の期間の予定で唐に入ったようですが、その分の費用をつぎ込んで経典の収集などにあてたり、長安に着く前に自分の名が知れ渡るように策するなど、なるべく短い期間で帰れるように工夫したようです。それは、今後日本と唐を往来する船が少なくなるだろうという予見と、日本での布教のことを考えてのことのようです。実際2年で終えたようですしね。

不空に師事したという密教第七祖である恵果に師事する。
すぐに訪ねない方が良いという助言を受け、長安に着いてからすでに数ヶ月経っている(もちろんその間にも様々なことを学んでいる)。
師事した期間もまた数ヶ月。
灌頂の儀式では目隠しをして曼陀羅に投げた花が2回とも大日如来の上に落ちたとか。
恵果に認められ、阿闍梨の地位も得ることになる。
そのまた数ヵ月後には恵果永眠。

知識欲がすごい。密教のことはもちろんですが、他の宗教、ゾロアスター教やイスラム教、キリスト教、チベット仏教まで、様々な話を聞いて吸収しています。そして、日本だったら・・と考えている。

唐に来る前から唐の言葉を学び(考えてみればそれは普通な気もするけど、周りの人がそうではない。通訳がいるからか?)、梵語もかじっている。

達筆で文才があり、ことあるごとに文章の作成を求められる。嘆願書を初めとして、阿闍梨恵果の碑文も起草している(書は別人)。そういえば、弘法も筆の誤りとか弘法筆を選ばずといったことわざがあるくらいですものね。
同行していた橘逸勢も書は得意としていたが唐の言葉は苦手だったらしく、空海を羨ましがったり、帰郷を待ち望むなど、微笑ましい一面も。

他にも、頭の回転が速く、観察力に優れている。人の表情や断片的な情報から、細かいことを察している。まるで超能力かのように。時勢を読み取る力もまた然り。

空海が唐にいたのは2年という歳月なのに、3代も皇帝が変わっている(時代的には玄宗の3代後)。わずか半年ほどの治世だった順宗。病のために譲位したけれど、病を得ないでそのまま続けていられたらどうなっていたのだろうと思わせる、改革を行っている。王叔文は空海とも関わったせいか、親しみが持てる。宮廷で陰謀が渦巻いているのは国・時代を問わないのか。

また、日本では、空海の帰国間際に桓武天皇が崩御している。帰国の船でも、日本でどのように布教したらよいかと模索している。
タグ:陳舜臣
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